つるちゃんからの手紙9月号(令和2年9月号)
 

 歯科医療はとても魅力がある職業です。人の健康に直接かかわることができるからです。歯の痛みをとる、口をキレイにする、感染を防ぐ、そして噛めるようにする。歯科医院というと歯医者さんだけが活躍しているように思われがちですが、そうではなく、歯科医師と連携している歯科衛生士さんと歯科技工士さんが極めて重要な仕事をしてくれるのです。人の健康を守るためには無いといけない職業です。しかし、今、全国的に人手不足に陥っています。歯科衛生士学校の62%が定員割れ、県内唯一の歯科技工士学校は数年前、入学者が少なく閉校してしまいました。これらの職業は決して雇用条件が悪いわけではありません。福利厚生や給与だって大変優遇されています。それなのに、専門学校の定員が満たないというのです。「なぜ人気がないのか」、と思った私は、高校の進路指導の先生を訪問し事情を聴きました。すると、人気がないわけではなく、ただ、歯科衛生士、歯科技工士という職業がどういったものか生徒が知らない、そして触れる機会が少ない、ということでした。

 それを聴いた私はすぐに職業体験会を自分の医院で開きました。すると、たくさんの中学生、高校生が来てくれました。来てくれた生徒さんはとても熱心で、模型や実習用のマネキンを使って、歯石を取ったり、歯型に石膏を流して模型を作ったりと大好評でした。みんなキラキラとしていました。体験会が終わると、どうやったら歯科衛生士に、歯科技工士になれるかを訊いてきました。

 専門学校に進学し、歯科技工士は2年、歯科衛生士は3年間の履修期間が必要なこと。さらに国家試験に合格しないといけないこと。かかる学費や卒業後の進路のこと、この仕事の魅力や、やりがいについて語りました。

 すると、「歯科衛生士専門学校に行きたい」と言ってくれた生徒さんがいて、とてもうれしくなったことを覚えています。それで、専門学校に進学してくれるともっと嬉しいのですが、3年間の学費と生活費などを含めると、専門学校進学をあきらめる人もいるのです。それはとても残念なことです。世の中にはたくさんの職業があって、その中から歯科医療従事者を選んでくれた訳ですから、できれば、その可能性を伸ばしてほしいのです。

 自分にできることはなんだろうかと考えてみました。考えた末、奨学金制度をつくりました。私が考えた奨学金制度は、ただ学費や生活費を貸すだけではありません。

 国家資格を取ったあと、ある一定の期間、しっかりと働いたら、その学費の返済を免除することにしたのです。誰でもいいというわけではありません。3つ条件があります。それは、この職業を考えただけで胸が躍るようなワクワクを感じる人。見返りを求めることなく、誰かのために気持ちよく働きたい人。自分を磨くために学びたい人、そういう人にこそ将来この地域で活躍してほしいと思っています。

 歯科医療は、手仕事の医療です。とても複雑で、緻密なことをやっています。その手技や技術は一朝一夕で身につくものではありません。一定の期間、専門的なトレーニングが必要になります。

 また、医学は科学です。昨今、人によっては、インターネットや周囲の人の聞き伝えを信じる人もいます。新型コロナウイルス感染症の予防にはニンニクがいいらしい、イソジンでうがいをするといいらしい、メディアやSNSでは、そんな話がいくつもあります。それが科学的に正しいかどうか判断できるのは、学を積んだ人しかわかりません。専門家を育てるから専門学校が存在するのです。今月で私は51歳になります。幸いなことに大した病気や事故にも会わずこれまで生きてくることができました。ある本()にはこう書かれていました。「30代までは人からもらう世界。知恵をもらったり、教えてもらったり、(中略)40代からは少しずつ返す世界、40代になってももらっている人は人生がそこから伸びない。いつまでも私利と欲から逃げることができない。50代、60代は今まで受けたこの世のしがらみ、人生の荷物を少しずつ返していく年代なのです。」私も微々たることかもかもしれませんが、これからの未来のためにできることから始めようと心に決めました。

繁栄の法則 北川八郎著