つるちゃんからの手紙6月号(令和4年6月号)
 

先日私の夢を語りました。夏の北海道を自分のオートバイで走るというものです。多くの人から、「そんな夢があったんだね」、「いい夢だねえ」、「きっと叶えてね」、と言われてとても嬉しくなりました。やっぱり夢を語るっているのは素晴らしいなあ、と感じました。

今日は、仕事での夢をひとつお話しします。それは、私は歯科治療を生業としているのですが、自分の持つスキルを次の若い世代に伝えることと、この仕事の喜びとやりがいを多くの人に知ってもらうことです。それには紆余曲折がありました。

私が歯科医師になりたての頃は、痛くなく、丁寧に治療することに専念していました。すると、担当する患者さんが増えてきました。当時の私の技術で行う歯科治療の大半は健康保険によるものでした。その患者さんの歯科治療が終わって4年、5年と経っていくと、私が一生懸命に治療した歯がダメになっていくのです。歯の根が割れる、修復物が脱離する、虫歯が再発する。義歯(入れ歯)が割れる。それは自分の技術が未熟だからと思い、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってその患者さんの歯の再治療をしたものです。しかし、どうにもならず、抜歯に至ったケースもありました。保険診療においては、補綴物維持管理というものがあって、かぶせた冠の補償は2年。入れ歯(義歯)においてはわずか6か月という規制があるので、その期間内で脱離や、ダメになったものにおいては全て無料でつくりかえをしました。

当時私の頭の中では、歯を残すことが一番のいい治療であると考えていましたが、こういった経験を重ねていくうちに治療には限界があるということを知るのです。ハル・ヒンギスという学者が書いた論文によると、歯の治療の介入は5回が限界というのです。私は衝撃をうけました。誰しも、学校の歯科検診などで、小さな虫歯ができて歯科医院に行きます。まだ痛みが出る前の歯を少し削り、治療をします。(CR充填)しかし、数年たつと保険の材料を使うと、そこに段差ができるのです。そこは再び虫歯になり、そしてまた歯は削られます。治療が終わると患者さんは治ったと思います。でもまたその修復物(メタルインレー)の適合が甘くなります。その下に虫歯ができます。その繰り返しの末、たとえ痛みが出なくても最後に歯はなくなっていくのです。その治療介入の回数が5回を迎えたときというのが私の経験と一致するのです。私は、そこで悩むのです。果たしてそれは治療といえるのだろうか、と。自分は本当に正しい歯科治療を行っていたのだろうか。毎日毎日私は悩み続けるのです。そして、得た答えがあります。「歯科医療の本来の役割とは歯を削らなくても済むように予防すること。それでも、治療がどうしても必要になったら、再発しないように、その患者に応じた最善の歯科治療方法を提供すること」。それからというもの、患者さんに予防にたいする啓蒙をそれまで以上にやり始めました。さらに治療のスキルを付けていきました。それは最善の治療を行うためです。つまり、ここでいう最善の治療というのが、CERECやインプラントや矯正歯科治療ということなのです。これらの治療は保険診療では認められていません。それは高度な治療技術を要求されるからです。だから、何年もかかって学会やセミナーに参加し学びに行くのです。今も毎日インプラント治療を行っていますが、一度骨に埋入したインプラントは位置を動かすことができませんので、埋入ポジションにおいては慎重に何度も確認を行います。多くの知識と経験、そしてエネルギーを費やします。解剖学的な骨の形態や骨質、また歯肉の厚みによってはさらに労力が掛かる場合もあります。私は保険で安く、どなたにも良質な歯科治療をしたいと思っていますが、保険治療は歯科材料の制限があり、やはり限界があるというのが正直なところなのです。国が認めた治療方法なので、それが最も正しいかと言われると、すべてにはそれは当てはまらないのです。そのことをわかりやすく一人ひとりの患者さんに説明し、納得のいく歯科治療を行うことができたらいいな、と思っています。

いい歯科治療と予防は、口の中が思うようになることで、体も健康になり、それを長期間維持することができるのです。つまり、それは「豊かな人生」を意味します。若いうちはまだピンとこないかもしれませんが、いくつになっても口の中に、なんの悩みもなく、不安や恐れを抱かないで、活き活きと毎日を過ごして頂きたいと願っているわけなのです。

そして、その考えを多くの歯科医師に知って欲しい。数年前から私の医院には若い歯科医師や歯科衛生士、歯科技工士が集まってきています。高度になればなるほど、私一人ではなく多くの職種の連携が必要になるので、一緒に働く仲間には、感謝の気持ちでいっぱいです。

下川公一先生(故人)という歯科界のリーダーがおられましたが、その先生は「医者は患者の命を救うことができる、歯医者は患者の人生を救うことができる」とおっしゃいました。その言葉は私に大きな勇気と誇りを与えて頂きました。まだまだ私は下川先生の足元にもおよびませんが、これからも折れない信念と熱い情熱だけは持ち続けたいと考えています。