つるちゃんからの手紙7月号(令和4年7月号)
 

私は「この歯は治らないかも、もしかしたら抜歯になるかも」、「もしかしたら治療をしてもまたすぐに悪くなるかも」と思ったら、すぐにその部位の写真を撮影します。

歯は小さい。そして口の中という狭い空間に存在しますので、特殊なカメラとレンズで撮影します。そのカメラは用途において3種類を準備しており、症例によって使い分けています。写真はわかりやすく、美しくないといけない。高校、大学と写真部でバライタ紙(※)にプリントしていた私はそう思っています。百聞は一見に如かずという言葉がありますが、虫歯から歯肉の腫れ、歯の色や形をお見せすると患者さんに十分に理解していただくことができます。
階調が豊かに表現できる白黒写真の印画紙の一種

また、私は「診療台は手術台と同じ」と勤務医の先生にはいつも言っています。診療台に座った患者さんは「まな板の上のコイ」という言葉がありますが、まさにそれ。歯科治療を受けるというのは、苦痛を伴うかもしれないという不安があるのです。腹をくくって先生を信頼するしかないのです。だから患者さんが診療台に座ったままでレントゲンを見せて説明するというのは行わないようにしています。患者さんは専門的なことはわからないし、手術台の上で何を説明しても、十分な理解なんてできないと思っているからです。

説明は医院の中にあるコンサルテーションルームで口腔内写真をお見せして、外部の雑音と遮断した状態で行う、これが基本だと思います。そこには、写真以外にも模型や、説明用のリーフレット。CTを直接見てもらえるモニターを備えています。

そして、もし抜歯を行う場合などは必ず同意書をいただくことにしています。抜歯はある程度の外科的な侵襲を伴います。しかも口の中は細菌だらけ。うまく治ってくれたらいいのですが、そうでない場合もあります。だから慎重に抜歯を行うのですが、起こりうる可能性はすべて抜歯の前にお話しをしておくことが大事です。これが大事です。抜歯をしてしまった後に、こういうことが起きたのでしょうね、と言うとそれは「言い訳」にしかすぎません。「前に言うと説明、後で言うと言い訳」、そこはプロとしておさえておかないといけない大事なことだと思っています。

話は変わりますが、開業したばかりの頃でした。ある患者さんの抜歯をしました。すぐに抜けると思ったのですが、歯の根が曲がっていて抜歯に時間がかかりました。もちろん侵襲も大きくなりました。抜歯した翌日は日曜日でしたので、私は心配になりその患者さんに電話をしました。「どうですか、大丈夫ですか?」と。少し血がにじむ程度で、痛みはお薬のんでいるから大丈夫だと、おっしゃいました。私はホッとしました。日曜日に医院が開いてない時に、不安な気持ちで痛みに耐えておられるのではないかと気がかりだったのです。月曜日にその患者さんがおいでになった時に、こうおっしゃいました。「先生、昨日はありがとうございました。実はとても不安だったのですよ。大体日曜日の午前中にかかってくる電話は健康食品かマンションのセールスが多いのですが、まさか先生だったとは。気にかけてもらってうれしかったです」と。患者さんはまさか歯医者から電話がかかってくるなんて思っていなかったので、すごく驚いたと同時に感動したそうです。それはそれでよいのですが、休みの日に不安な気持ちになって頂きたくないので、緊急の場合を除いて翌日が休みと言う日には抜歯は極力さけるようにしました。また、この経験があってから抜歯を行った患者さんには医院を閉める前に電話をすることにしています。たとえ大丈夫だったとしても必ず「不安なことはありませんか」と質問することにしています。私たちにとって抜歯をすることはよくあることですが、患者さんにとっては滅多に経験するものではありません。どうなるのだろうかと不安な夜を過ごして欲しくないのです。中にはまったく治療に対して不安を感じない人もおられます。それはそれでいいことだと思います。私はその人が不安なのかどうか、心の中までは見えません。だから、ただ歯を治すだけでなく、写真を撮って、説明を行っているのです。できれば心の中の不安を取り除きたい。それを含めて「治療」と言えるのではないでしょうか。