つるちゃんからの手紙8月号(令和4年8月号)
 

夏と言えばソーメンだ。本当は夏と言えば生ビールなのだけれど、悲しいかな、生ビールとソーメンほど食べ合わせが悪い物はない。冷たい生ビールに地下水でヒエヒエのソーメンを食べると、もうおなかが完全にクールダウンしてしまい、食がぱったり進まなくなってしまう。ビールの炭酸+素麺の炭水化物がイブクロの中で苦しそうに消化不良をおこしているのがよくわかる。生ビールとソーメンの食べ合わせは絶対的禁忌と断言できる。だから、流しソーメンは「ビール無し」で食べるのが正しい。

この季節になると、遠方より客人が訪れた場合、私は迷わず近所の流しソーメンに連れていく。「流水ソーメンテーブル」は、私たち長崎県民には見慣れたものであるが、遠方であればあるほど、客人にはそれがなんだかわからない。東日本まで行くともう絶望的に理解不能に陥る。丸テーブルに固定されている、使い込んだプラスチック板。「昼はうまいものでも食べに行きましょう!」と連れてこられた客人は、私に期待をしていたのか、落胆の表情を隠せない。それでも私は「構うものか!」と、着席するやいなや流水プールの中栓をして、テーブルの下に隠れているハンドルを回す。テーブルの底から勢いよく冷たい地下水が噴出される。流水プールが満タンになると、あとは水害にならない程度にハンドルを絶妙に調整する。厨房から白い長靴と白い厨房服を着たお姉さんが出てきて、ザルに入った山盛りソーメンをテーブルの中央にドカっと置く。私は即、流水プールにソーメンを適量「ソレッ」と投入する。すると、ソーメンがヒラヒラと生き物のように泳ぎだす。その瞬間、客人から「オオーッ」と声が上がる。客人の表情はみるみる明るくなり、「ワースゴイ!すごい!」と興奮している。プラスチック板の流水プールの中で、ソーメンが果てしなく泳ぎ続けていることが上から確認できる。その様は嬉しそうでもあるが、少しはかない。このシステムだと最後の一本まで決して無駄にならないということ、必ず全員に公平にいきわたるということ、しかも地下水利用のため冷たくてエコということを私は熱く語る。客人は嬉しさを通り越して、感動している。私は「どうだ、すごいだろう!美味しいだろう!」を連発する。客人も「うまい、うまい、素晴らしい」を連発している。そこで、わざとエソのジゴ(内蔵という意味の方言)が入っているだろうと思われる、決して美しい色とは言えない、「すり身カマボコ」を副食としてそうめんにつけてあげるのだ。客人はこのすり身カマボコが予想以上に美味しいので、「生ビールも飲みたい」と顔に書いてあるが、私はあえてそれを無視する。なんといっても今日のメインはソーメン流しなのであるから、ビールではないのだから、ここは強気の態度にでる。夜までガマン。

このサプライズに調子にのった客人は薬味のショウガと、きざみネギに、柚子胡椒をツユに盛大に入れる。これは想定内。柚子胡椒はよくワサビと勘違いされるのだ。案の定、しびれる辛さに悶絶している。これも他の地方では味わえない楽しみなのである。だから、後で「あの時の流しソーメン、最高だったよ~また行ったらごちそうしてね」と感謝されるのである。私はあの流しソーメンをどうしても家庭の団らんで体験したいと思い、この「業務用流しソーメンテーブル」をネットで探したことがある。お値段90,833円。取付工事費と地下水の掘削、引き込みまでの費用を考えると、流しそうめん一人前400円(税別)は立派である。だからいつも感謝して流しソーメンを食べることにしている。地域の誇る特産品、島原高級手延べソーメンが最も引き立つのはやはりテーブルソーメン流しに限ると私は確信している。