つるちゃんからの手紙5月号(令和2年5月号)
 

417日の長崎新聞の朝刊を読んでいると、歌手「さだまさし」さんが作曲した「緊急事態宣言の夜」という歌があるということで、早速動画を検索しました。最初は気軽に聴いていたのですが、途中で、心がなんとも言えない感情で揺さぶられ、急に涙がこみあげてきたのです。

私は歯科医師です。この新型コロナウイルスが猛威を振るいだしてからというもの、不安で眠れない夜を過ごしていました。これまでのウイルス感染症とはあまりにも判っていないことが多すぎるからです。患者様のこと、スタッフのこと、家族のこと、感染対策のこと、医院の経営のこと・・・・・時間さえあれば、頭の中はぐるぐると不安が途切れることなく、回り続けていました。

そんな気持ちとは反対に、何度かテレビで「感染リスクは歯科医院がアブナイ!」などと報道されました。それは第一線で働いている私たちの気持ちを踏みにじるような報道でしたので、とても残念な気持ちにもなり心が沈みました。

この新型コロナウイルスの感染拡大期に考えたことは「3密」を避けること。私の医院は一日にたくさんの患者さんにおいでいただくわけですから、まず、待合室の待機時間が増えると、そこは「3密」になってしまいます。だから、まず、予約を調整し「3密」にならないようにしました。受付の職員が定期検診や、予防メンテナンスで訪れる患者さんで緊急性がない方にのみ、電話でお願いし、予約日時を延期していただくことにしました。

これは勇気がいります。患者さんの予約を意図的に減らすので、もちろん経営的に大打撃をこうむります。でも、もうそんなことを言っている場合ではありません。

もっと、自分よりずっとずっと大きな痛手を抱えている人は全国に数えきれないくらい、たくさんいるのだと、自分に言い聞かせ実行に踏み切りました。今、優先するべきものは、安全です。守るものは命です。

そして、416日、緊急事態宣言が全都道府県に拡大された昨夜に、私は意を決し、人との接触がかなり減るレベルにまで、大幅に「診療制限」を行うことにしたのです。これは、自主的に行いました。

もし、雲仙市で市中感染がおこった時に対応しても、すでに遅いと判断したからです。

職員が一人ひとりの患者さんに電話をかけているとき、私はそばから見守っていました。「予約を変更してください」そんなお願いをするわけですから・・・きっと、怒られるだろうな・・・私がフォローしなきゃ、と思っていましたが、それとは逆に「そこまでしていただきありがとうございます」、「じつは少し不安だったんです、助かります」「知らせてくれてありがとう」などという声が多かったそうなのです。協力いただいた患者様には感謝の気持ちでいっぱいです。

話は変わりますが、虫歯治療、歯周病治療は口の中で日々起きている感染症を抑制することが最も大事です。歯学生の時は「細菌学」「微生物学」「薬理学」などを学んできました。ちゃんと単位を取らないと卒業できないし、国家試験だってパスできません。

「患者さんが感染しているかも」、「自分もすでに感染しているかも」という考え方で歯科治療を行うように大学で厳しい教育を受けました。スタンダード・プレコーション(標準予防策)といいます。手指消毒、マスクの着用、グローブの使い捨て、治療機器の患者ごとの滅菌、診療環境の消毒、など。これが完璧にできていないと歯科医になれません。

つまり、新型コロナウイルスが拡大する前から、私たちは感染がなんたるか学び、感染防止を実践してきました。それでも、今度の新型コロナウイルスだけは、相当の注意をしています。これまでにないクセの悪い、やっかいなウイルスです。

現場では、すごいコストとエネルギー、そして精神力がいります。しかも、感染防御に必要なものは緊急事態宣言が長引けば長引くほど、品薄になっていきます。消毒用アルコールがなくなったら、グローブがなくなったら、マスクが無くなったら、もうその時は医院を閉めるしかないのです。だから、感染防御をきちんとしつつ、すべてのものを一つ一つ、とても大切に使っています。私はこれまでの人生で、これほどものを大事にしたことはありません。

私たちに「逃げる」という選択肢はありません。

歯が痛くてたまらない人、歯周炎、顎炎を起こしている人が来院したら、私たちはその人を助けないといけません。

口の中の痛みや炎症を専門的に診断し、きちんと取り去ることができるのは歯科医師しかいないからです。だから私たちは、学ぶのです。適切な判断をし、自分の職責を果たすことに全力を尽くさないといけません。

今、日本は大事な時です。全員がそれぞれのことを真剣に受け止め、思いやりをもって、絆で支えあい、できることをちゃんとやる。考えて、一人ひとりが行動する。それぞれが試されている。まさに、そんな重大局面だと私は考えています。命があって、健康があれば、いくらでもやり直しはききます。まず、それぞれの人を守り切ること。「さだまさし」さんの歌の中にある、「お前のおふくろ死なせたくないんだ」「今、ひとつになろう!」「がんばれにっぽん!」という歌詞が心にしみました。この曲、一人でも多くの人に聴いてもらいたい、そう願って止みません。