つるちゃんからの手紙8月号(令和3年8月号)
 

「遅すぎた、抜歯しかない・・・・」私は肩を落とした。

食事が急に摂れなくなった、その寝たきりの患者さんの口の中は、すさまじく歯周病が進行しており、もう手の施しようがない状態であった。それでも私は看過せずに、勇気を振り絞って治療に携わった。途中、絶望しかかった時も「これは天に試されているんだ」と自分に言い聞かせ、覚悟して歯科治療を行った。

今から20年以上も前の話である。私は漁村にある小さな歯科診療所で「雇われ院長」をしていた。近くの島では高齢化が進んでいて、島から出ることができない寝たきりの方の訪問診療に出かけていた。要請があれば、お昼休みや休日も身を粉にして働いた。

外来と往診の違うところは、デンタルチェアー(診療台)が無いので、患者の口の中を診るためには懐中電灯を持っていき、かなり不自然な姿勢を長時間強いられることだ。また、うがいが簡単にできないので、刺激の強い薬剤などは全く使用できない。エックス線撮影や、歯の型を一つとるにも、たくさんの材料や機材を持参しないといけないことだ。持っていくだけで重労働。

抜歯する時は本当に苦労した。不自然な姿勢で、暗い口の中で抜歯をするのはとても大変だ。患者はベッドの上から動くことはできない。歯茎は真っ赤に腫れていて、痛みが強いために食事が何日も摂れていないため栄養状態が極めて悪化している。島には歯医者がいないから、仕方がないのだ。私がやるしかない。炎症があるところの歯を抜くというのは外来であっても難しい。麻酔は効きにくいし、出血はなかなか止まらない。場合によっては歯の根が骨に癒着している。やっと抜歯できたとしても、暗い中で、必死に縫合を行うのである。止血を確認するとほっとする。でも、そんな余裕はない。その島は一日4便の定期船しかなく、ぐずぐずしていると帰りの船に乗り遅れる。最終便に乗り遅れると、一人で野宿だ。

抜歯した翌日も、創部の洗浄に島へ行く。治りが良かったら、「痛くなかった」と患者やその家族から、喜んでもらった。それは私のウデがいいからではない。駆け出しの若い歯科医(私のこと)のウデなんてたかが知れている。たまたまである。少しでも喜んでもらうともっと良くなってほしいと思い、島への往診を続けた。連続して3か月間、休みなしで、この島に通い続けたこともある。

島の患者さんが亡くなると、船着き場の近くにあった私の医院には、火葬の帰りに親族が立ち寄り「先生のおかげで、おじいちゃん、最期は何でも口にできた」と言ってもらえたことがある。うれしかった。私が往診した人がすべてそうであればうれしいが、それは極めて少数である。いつもうまくいくほど、往診での歯科診療は容易ではない。

その経験があって、現在も往診の要請があれば、必ず行くことにしている。声がかかった時には、口の中が相当やられていることが多い。でも島での経験があるので、全く驚かない。昔と違って、往診を手伝ってくれる歯科医師や歯科衛生士がいるから、ずいぶん楽になった。そうは言っても、今外来で通院している患者さんだって、寝たきりになってから、歯が痛んだり入れ歯が破損して、食事ができないという状態には絶対になってほしくない。たまにではあるが、外来で診る患者さんから「もうそんなに長く生きないから、他に悪いとこあっても、そこの治療だけでいいですよ」と、ぶっきらぼうに言われると悲しくなる。その言葉を家族が聞いたらどう思うであろうか。元気なうちはいいが、万一寝たきりになって外来に通えなくなったら、口の中が健康でないと、ある時点でとたんに食事ができなくなる。ことによっては誤嚥性肺炎などの病の入り口になってしまう。口は生きるための最も大切な器官である。「命の入り口、心の出口。噛むことは生きること。」(西日本新聞社 食卓の向こう側より引用)このことを伝えるのは私たち歯科医療従事者しかいない。歯科医院に通える元気なうちには最良の予防と最善の治療をしてほしい。だから、まだまだ私も学び続けないといけないし、どんな人でも口の中が健康なことで、活き活きと豊かで幸福な人生を送って欲しいと願っている。愛野に移転して10年。森山で開業して19年。もうすぐ20年を迎える。20年で医院も成人を迎えるのと同じだと私は考え、思い切ってリニューアルすることにした。虫歯や歯周病をもっともっと減らしたい、そんな願いでより予防歯科を今より高いレベルで実践できる歯科医院を創ることにした。私はまた、初心に戻って地域の人の役に立てるように頑張りたいと思う。

文責 鶴田博文

 

※工事期間中は、騒音や振動、また診療制限を行う場合もあり、来院者の皆様には大変ご迷惑をおかけしております。また、猛暑の中、汗を流してお仕事していただいている建築業者の皆様には心からお礼申し上げます。令和3年9月、新たに鶴田歯科医院はスタートをきります。今後も地域のお役に立てるようにスタッフ一丸となって良質な歯科医療を実現したいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。