つるちゃんからの手紙5月号(令和5年5月号)
 

歯をぬく医療行為を抜歯という。ここで間違えていけないのは抜歯と抜糸だ。耳で聞けばどちらも「ばっし」である。だから私たちは抜歯「ばっし」といい、抜糸「ばついと」と発音する。

歯科以外の病院、介護施設に往診に出向いたときはこの二つの単語を混同しないように気を付けている。抜歯の時は「歯を抜きました」、抜糸の時は「傷口の糸をとりました」と略さず職員さんに報告する。

抜歯しないといけない状況を説明すると、患者さんの多くはこのように思う。

「なに?この歯は抜かないといけないの?嘘だろ」(驚き)「なんで、そうなるの?」(怒りと疑い)、何とか抜歯しないで欲しい、なんとかならないのか(代替・交渉)、・・・そこで抜歯に至った理由と抜歯を行わなかった場合のリスクを詳細に説明すると、冷静になって抜歯後の治療について話あう、という流れになることが多いが、私は患者さんの気持ちが痛いほどよくわかる。なぜなら、私は自分の歯を無断で抜歯されたことがあり、それがきっかけで歯医者になった。歯医者になってからも大学病院の口腔外科という抜歯や腫瘍や外傷を扱う専門科で下積み時代を送った。その時の医局長がよく私に言っていた。「鶴田君、抜歯はね、死刑宣告と同じくらいに患者さんはショックなのだよ」。この言葉は重かったし、自分の経験からも抜歯後の喪失感と不安感はすさまじいものだったことを覚えている。抜歯を受け入れるまでの時間や、これまでの経験によって、人の反応は様々である。だから抜歯が必要であることを患者さんに伝える時は、相手の気持ちを考えて、慎重に伝えることにしている。

簡単な抜歯もあれば難しい抜歯もある。場合によっては合併症も予測されるため、しっかりとした診断が必要だ。

年齢を重ねていくと、全身にもいろんな変化が起きる。血圧が高くなる。糖尿病になる。骨粗鬆症の薬を飲む。心疾患になる。脳血管障害により抗凝固剤を飲む。

それらのことがたった一本の抜歯を行うために大きな障害になることもある。内服する薬によっては抜歯ができないこともある。雲仙市では65歳以上の人口は39%。当然のとうに年々有病者率が増えてきていることを実感している。最近は、訪問診療においてベッドサイドで抜歯を行うこともある。ベッドサイドでの抜歯はとても大変である。抜歯に必要な器具を準備して、スタッフの予定を確保し、施設や患家の都合に合わせないといけない。また医科の先生に連絡を事前にとっておくことも大事。先日、あるスタディグループの発表会で70歳になる私の師匠言っていた。「65歳までに必要な治療を済ませておくべきだ、いつ倒れて床に臥してもいいようにしておくのだ」と。そう考えると定期健診はとても大事だ。そして毎日のホームケアも。歯磨きは虫歯予防、歯周病予防のためだけに磨くのではない。歯は生後6か月から生えてくる。つまり自分の物心つく前から生えている。あなたは、歯がなければ今日まで生きてくることはできなかった。歯があったからこれまで健康で生きてくることができた。だからこそ、敬意をもって丁寧に歯を磨く必要がある。咬合面小窩裂溝から、歯冠固形空隙から歯冠乳頭部、そして歯頚部まで。歯ブラシの毛先をしっかりと歯茎に当ててマッサージしよう。26か所ある隣接面には必ずフロス(糸ようじ)を通そう。最後にはお気に入りの洗口液を用いてブクブクと大きな音をたててゆすいでみよう。すると生まれ変わったように口の中がすっきりするものだ。実に気持ちがいい瞬間を毎日味わってみよう。歯磨きは入浴と同じレベルで捉えてほしい。

だが、いくらすっきりしたとしても、口の中の病はさすがに自分ではわからない。だから症状が無くても歯医者で定期健診を受けて安心した毎日を送ろう。後でこんなはずではなかったと後悔する前に自分が信頼できる歯医者を見つけておこう。必要があれば、「そのうちに」なんて言わずに、迷わず今のうちに歯科治療をうけよう。そして、自分のホームケアが間違っていないことを確かめてもらおう。

いい人生をおくるには丈夫な歯と健康な口腔が必要不可欠だ。たとえ寝たきりになったとしても、口が臭い人生だけは送って欲しくないと私は願っている。

佐賀県の小城、多久歯科医師会では『歯の供養』を清水の滝に建立している。供養祭が毎年6月4日に行われている。