つるちゃんからの手紙12月号(令和2年12月号)
「祈りと感謝」
文責 鶴田博文
熊本に北川八郎という陶芸家がいます。その北川さんが東京の百貨店で展示即売会をやっていた時に、お客様から苦情の電話がかかってきました。その方の奥様は目が悪く視力がほとんどない。それなのに、北川さんのつくった湯呑みを手にしたとたん泣きだしたというのです。普段は気が強い奥さんだったのですが、「なんてこの器は優しいのでしょう」といって涙を流すのだそうです。ご主人はきっとなにか変な器ではないのか、と疑って電話してきたというのです。それを聞いた北川さんは「あー、やはり作るときに祈りを込めて作ることを怠ってはいけないな」と思ったそうです。北川さんは陶器をつくる時に必ず、この器を手にする人に恵みがありますように」「病の人は病が軽くなりますように」「怒りの人は怒りから抜けられますように」と祈るのだそうです。これは決して宗教的な意味合いではなく、人の道そのものであると言います。ですから、その器を手に取った人は、それを感じ取ってくれるというのです。
私がまだ駆け出しの歯医者だったころ、よく学校検診に行っていました。そこは大きな高校で、一日に何百という生徒さんの歯を体育館の中で何人もの歯科医師で生徒の歯をチェックするのですが、なぜか、私の列だけ、たくさんの生徒が並ぶのです。大学に戻って医局長から、「どうだった?」と聞かれたので、「なぜか私のところだけ長い列ができて、とても大変でした。多分、T君(同僚)の2倍の数は診ましたよ。疲れてしまいました」とポロっといいました。すると医局長は「じゃあ、その数が半分だったら良かったの?」って聞かれました。私は言葉が詰まりました。すると医局長は笑顔でこう言いました。「あのね、高校生でもね、たぶん他の先生だと怖いのよ。君はいつも声が大きくて、心が優しいからね。だから、鶴田君に診てもらいたいと思っているわけ。それで大変だった・・と言うのであれば、仕方がないけれど、実は君にとっては、とてもありがたいことが起きているんだよ」私はもうなにも言えなくなってしまいました。恥ずかしいことを医局長に言ってしまったことを心から悔やみました。その経験があってから、私は後輩にはいつも「忙しいことは、とてもありがたいことなんだよ。たくさんある歯科医院から、うちを選んでくれたんだよ。そのこと自体が、もうありがたいことなんだよ。だから感謝の気持ちは忘れちゃいけんよ」と。
患者様は、私たちのことを信頼して口を開けていただいているという事実を忘れてはいけません。だから、その信頼に応えないといけないと思っています。私はインプラント手術を17年間やっていますが、手術中に難しい局面に遭遇することもあります。思ったより骨が脆弱だったり、無いはずの血管があって、出血がひどく術野の確保ができない場合。炎症がひどく、軟組織が癒着しているケースや、不良肉芽が線維化していて、掻把が極めて困難である場合、正直言ってもう、逃げ出したくなることだってあります。その時は、痛みが無く、ここで手術ができてよかったと、安堵している患者様の顔を思い出します。入れ歯ではなく自分の歯でなんでも噛めるようになって感動し、喜んでいただいたことを思い出します。すると、「絶対にやり遂げてみせる」と心の中から別のエネルギーが湧き出てきます。心を無にして指先に全精力を集中させるのです。すると、必ず手術はうまくいくのです。もしかして、これが北川さんのいう「祈り」というものなのかもしれません。「祈り」と「感謝」、この2つをもっていると、道は開けると思うのです。2020年は168本のインプラント手術を行いました。すべてにおいてベストを尽くすことができました。2021年は、この医院のリニューアルすることに決定しました。私の大好きな愛野町で、もっと人が喜ぶ歯科医療に力を入れていきたいと考えています。今年も大変お世話になりました。ありがとうございました。おかげ様で、いい一年を過ごすことができました。そうぞ、良いお歳をお迎えください。
(繁栄の法則 戸が笑う 致知出版より一部引用)