つるちゃんからの手紙 7月号(令和元年7月号)
手術の最後は縫合を行います。つまり歯肉の傷を縫い合わせるのです。持針器と言って、針を操作する器具を使用します。そして、その糸を使うピンセットと糸を切るハサミ、合計して3つの器具がないと縫合はできません。
糸だって、とても細い5-0というサイズを使用します。この糸はモノフィラメントという材質で、断面は結び目が緩まないように、わざと四角形になっています。だから傷口を寄せる時にはテンションを自由にかけることができるし、感染にも強いし創部がすっかり治癒してしまうまで、緩んで脱落したりすることもないので、治りがいい。だから私は好んで使用しています。
持針器はアメリカ製のヒューフレディという会社から販売されているものを使用しています。これは一度はさんだ針がしっかりと固定されるので、歯肉の中をイメージ通りに正確に穿刺することができるのです。一発で。何度も刺しなおさなくていいので、傷だって治りがいいのは当たり前なのです。
もちろん、ピンセットもヒューフレディ社のもの。髪の毛ほどの細い糸でさえ、一発でカッとつまめる。使うたびに、ああ、なんて自分は器用なんだろうと思えるし、もうほかの種類のピンセットを買う必要もない。私にとって手術はこれ一本で十分なのです。
ハサミはスーパーカットブラックラインというモデルを愛用しています。刃先がとても鋭く、ボディは滑らかなに曲がっていているので、狭い口腔内、どんなに難しい部位においても一発でスパーッと糸が切れます。術後の抜糸の場合、組織が挫滅しないで糸だけ正確に切れるので、患者さんに痛みはほとんどありません。昨年、この味わいをほかの勤務医の先生にも味わってほしく、このハサミを何本か注文しました。一本27,000円もするのですが、最高の使い心地を提供してくれるので、それは決して高くはありません。
当院には口腔外科の専門医が大学からおいでになるのですが、このくらい精度の高いハサミは大学病院にもおいていないらしく、その使い心地を絶賛していました。
これらの器具は大切に使っているのですが、たまに急患の方が多く来院すると滅菌が間に合わず、他のメーカーのものを使用する場面もあります。それが日本製だったりするのですが、もう全然ダメ。私からしたら使い物にならない。ピンセットだって、精度が今一つ。たいして長い期間使っていないのに、すぐにバネがへたってきます。また買わなきゃいけない。持針器だって、なにかわからないけれど、使い心地が良くありません。それでもちゃんとした仕事はしないといけないので、手術が終わったら、ものすごく疲れてしまい、肩がこったのを覚えています。そして、元のヒューフレディ社のものに戻したとき、私は「ああ、なんて仕事がしやすいのだろう、これしかない!もう浮気はしない!」ってそう思いました。
私が言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、このピンセットやハサミ、持針器に出会えてなんて自分は幸せなんだろうと思ってしまうくらいのいいものが世の中には存在するのです。こういった器具においては作り手のこだわりや思いが、術者の使い心地として表れてくると思うのです。
もちろんこれは、たくさんの手術をやった人にしかわからないことかもしれません。プロとして道具にこだわるのは大事なこと。何物にも左右されないホンモノに巡り合うためにも技術の研鑽は必要なことだと私は思っています。