学生時代、「世の中はそんなにあまくない。君たちの将来は厳しいぞ。今の日本はたくさんの歯医者がいる。だから今こそ、精一杯勉強して、一つくらい自分の得意分野をもたないといけない。若いうちこそ努力をするのだ」と、教授に叱咤激励をうけました。
4月に息子が大学の歯学部に進学しました。その大学は今まで行ったことがなかったので妻と入学式にいきました。
学長式辞では「今、君たちはスタートラインに立ったばかりだ。これからだ。だから今日私はおめでとうとは言わない。おめでとうと言葉をいう時は君たちが国家試験を合格して歯科医師免許を手にした時だ。」と挨拶したのです。入学式なのに「おめでとう」を言わない、これはもうシビれました。入学式は、祝福の言葉が飛び交うものと思ったのですが、今時こういった厳しいことを大勢の前で言う学長はとても少ないと思うわけです。息子がこの大学を選んだことは正解だったと確信しました。昨今「わたし、褒められて伸びるタイプなんです」そういう人もいると聞きます。褒めて能力を伸ばす手法というのもあるようですが、プロを育成する現場では、親が幼いわが子を褒めるのとはちょっとわけが違うのです。褒めて欲しいということは、「やさしく指導してほしい」ということなのでしょう。社会に出て技術や経験を身につけるには褒めることより、仕事の厳しさを教えることのほうが大切だと思うのです。厳しいとすぐにパワーハラスメントと言われる世の中なので、叱ることさえ遠慮しないといけない時代になってきたのは、いかがなものかと思います。もちろんいき過ぎはいけませんが。でも、厳しさがないと「緊張感」は持てないと思うのです。いい緊張感の中にこそ、いい仕事がうまれるのです。褒められて満足していて、いい仕事ができるのか、自分の能力を高めることができるのか、疑問に思います。いつも褒めるより、仕事を精一杯全力で頑張った時にこそ「よくやった」と心の底から褒めたほうが一番よいのではないかと思うわけなのです。そうしたほうが、褒められた人も喜ぶのではないのでしょうか。また、その大学は学生に茶髪は厳禁、爪や、髪型、服装、身だしなみにおいても規約が厳しく制限されており、学生だけではなく父兄にもこれはダメですよ、そういうことした場合は登校できませんよと入学前オリエンテーションがあります。なぜなら、医学教育の現場では患者さんも学生を見ているからです。学生だからと大目にみることは一切ありません。また、教職員すべてにおいては「歯科医になっていいことないよ」などという学生のやる気をなくす言動は慎んでいますのでご安心ください、とも述べられました。昨今こういった学生教育に真剣に取り組む大学があることに驚きました。気になったので、この大学を調べてみたら、明治時代に創設された学校で「旧六」といって戦後もGHQによって旧制歯科医学専門学校から旧制大学に昇格した数少ない学校だったそうです。長い歴史がきっとこのような校風を創ってきたのでしょう。私はすっかりその大学のファンになってしまいました。入学式が終わり親子3人で食事に行きました。「いい入学式だったね」と何度も何度も言いました。6年後には「おめでとう」と言われる日が来ることを胸に、頑張りぬいて欲しいと親として心に願った次第です。






