医療法人 良陽会 鶴田歯科医院の秘密

全国的に注目される繁盛医院に裏側はあるのか?15人の関係者へのインタビューを通して見えたこと。

歯科医療ライター
日本メディカルライター協会会員
経営管理修士(MBA)

田村陽一

鶴田博文という経営者との出会い

全国に歯科医院は7万件以上存在すると言われている。
コンビニの約1.7倍と多い。「歯科医師過剰問題」、「歯科医師はワーキングプア」などとマスコミに揶揄されるようになって久しい。実際に歯科医院経営においては現状維持だけでも楽ではない。そんな中、医療法人 良陽会

鶴田歯科医院(以下、鶴田歯科医院)は開業以来、多くの患者さんから支持される超人気歯科医院となっている。初診患者の予約が3週間先まで取れないほどの人気ぶり。12年間堅調な成長を持続している。これは歯科業界においてはミラクルと言える。こういった歯科医院を「勝ち組歯科医院」、または「成功した歯科医院」と私は分類している。

私自身がこれまで300名を超える歯科医師から話を聞いた限り、ほとんどの歯科医師が理想とする医院経営、そのほとんどが鶴田歯科医院に凝縮されているように思えた。

成功しているとされる医院は大きく2つのタイプに分類できる。1つは技術指向型医院。毎週末のようにセミナーや研修コースを受講し、自費治療の技術を磨き続けている歯科医師たちの医院だ。

そして、もう1つは保険診療主体で分院も含めとにかく数多くの患者の治療を行うスタイルで、規模の大きさが特徴だ。

通常はどちらかのタイプに偏るのだが、今回訪れた鶴田歯科医院は、非常にバランスのとれた経営を行っており、鶴田理事長の講演は歯科業界以外からの依頼も実に多く、その真偽を確かめに年間を通じて多くの経営者が医院を訪れるという。

2014年の秋、ある講演者の取材で訪れた大阪のセミナー会場で、幸運なことに鶴田理事長の講演を聴く機会があった。業界ではすでによく知られた存在だったが、初めて聴く鶴田理事長の話はとても衝撃的であった。

通常の歯科医院の経営セミナーというと手法にばかりとらわれる、いわゆるノウハウものが多い中、経営の核心をついており、歯科業界だけではなく、メガバンクや、上場企業からの講演依頼が多いこともうなずけた。

「はたして鶴田歯科医院の成功は実力なのか、実力だとすればその手法を真似ることは可能なのか」。

その成功の理由をどうしても自分の目で確かめたいと思い、鶴田理事長に取材を申しこんだ。現在は医院の見学を行っていないとのことだったが、無理を言って忙しいスケジュールを工面していただいた。鶴田理事長が指定した日は年末の半日だけ。半日だと厳しいなあ・・・と思っていた矢先、「せっかく来てもらうのであればその日は医院の忘年会なのでよかったら一緒にどうぞ・・・」と言っていただいた。ありがたい。

忘年会など医院の行事に参加させていただけたほうが、その組織の内部の本質が理解できると考えた。

そして2014年12月29日。自分の仕事納めを済ませ、年末の長崎へ向かった。

最低1日は取材日程を確保したかったと思いながら、結果的に鶴田歯科医院の本当のすごさを思い知らされることになるのだが、この時点ではまだ知る由もなかった。

成功には2種類ある。

成功には2種類ある。
私はMBA(経営学修士)を修了した経験より、歯科医院の成功を次の2パターンに分類している。

1つ目は、一時的な成功だ。

短期的には医業収入が飛躍的に伸びる。
これは、新規開業直後、改装などのリニューアル後、世代交代による継承後、医院売却後による開設者変更によるものなどがある。

また、チェアを増やす、CTやCAD/CAM治療などのハードを充実させると医業収入はあがる。

それに加え、外部からインプラント専門医などの凄腕のドクター、TC(トリートメントコーディネーター)を招聘するという手法もある。

しかし、これらは一時的なものであって、ずっと続くようなものではない。
ベテランスタッフの退職や、スタッフのモチベーションが下がると医業収入も知らないうちに少しずつ下がっていく。つまり、すぐに痩せるがリバウンドに苦しむダイエットのように、無理があるため長続きしない。当然、医業収入は不安定となる。

それに対して、もう1つは、半永久的に持続可能な成功だ。
なにか、大きな改革をするわけではないが、少しずつでも成長を積み上げていく、止まることを知らない医院だ。こういった医院はコツコツと今やるべきことを積み重ね、確実に医院が良くなるシステムを構築していく。結果、経営力をつけ、その利益は適正に人材教育、採用、そして将来へ向けての設備投資、福利厚生に配分されていく。

現在の日本にはどちらの歯科医院が多いのか。私の知る限りではもちろん前者である。では、鶴田歯科医院の経営はどちらのタイプの成功なのかというと後者のほうである。このタイプの歯科医院は成功した、いわゆる勝ち組歯科医院の中でも相当に少ない。一般の企業でもこういったタイプの成功ケースだとメディアに取り上げられることも珍しくない。そのくらい稀有な存在なのだ。

今回の取材では、鶴田歯科医院の現理事長 鶴田博文氏ではなく、その周囲にいるスタッフや取引先15名に直接話を聞くことで、トップからは聞けない部分を掘り下げることに主眼を置いた。

なぜなら、どんなにその組織のトップが良いことを話したとしても、その中の人に話を聴いたほうがその組織の真髄が理解できることが多いからだ。

「成功している経営」を疑うようになった理由

私がこのように「成功している経営」について疑い深いのは2つの理由がある。一つ目は、出版社の中間管理職として会社勤めをしていた頃の体験だ。某コンサルティング会社主催のセミナーで、コンサルタントが作成した営業管理ノウハウを導入し、大成功しているとして紹介されていたA社。セミナーの翌月にA社を見学のため訪れた。代表者といろいろな話をする中で判明したのが、その会社は業界では破格の給料を従業員に支払っていたという事実だった。成功要因は、営業管理ノウハウよりも、高額な給料だったのだ。つまりその会社はお金でしか、社員と会社をつなぐものはなかったということだ。

もう1つ、疑い深くなった理由は、大学院(MBA:ビジネススクール)で科学的根拠に裏付けをもって経営分析する姿勢を徹底的に叩きこまれたからだ。模範的な経営を行っているとされる優良企業でさえも、その後追跡調査すると、大半が好調さを維持できていなかった、という事実を実際に多く目の当りにした。経営者の実力のように見えることも、その多くが偶然でしかない、というのが経営の世界なのだ。

ただ普通に成功している医院なのか?

12月29日。医院を訪れてすぐに感じるのはスタッフの笑顔、感じのよい接遇だ。まず、挨拶のレベルが格段に高い。笑顔の質、受付スタッフの声のかけ方が今まで訪れた歯科医院の中では別格である。しかも患者でない私に対しても、そういった良い対応をしてもらえる。ライター業をしていて、まず、医院に足を踏み入れた瞬間、その医院のスタッフと院長との信頼関係を読めるようになってきたが、ここだけはとてつもない信頼関係が構築できていることを実感する。

当然、来院者の方々への目配り、気配りも素晴らしい。待合室でしばらく待たせてもらったのであるが、受付スタッフは必ず来院していただく患者さんの名前を呼んでから挨拶しているのが印象的である。「○○様、こんにちは」という具合だ。しかも○○様というふうに様とつけているが全くの違和感がない。何度も言うが、それをひきたてるように、ここではスタッフの笑顔が素晴らしい。歯科医院でこれほどまでの接遇力を持つところもめずらしい。

院内を案内してくれた歯科衛生士の横山文子さん。
来院した私に院内を案内していただいた。
オペルームからセレック専用ルーム。待合室、特別待合室、コンサルルーム。

医院の設計から、使用されている建築材料、動線など構成される要素がすべて患者さんを向いていることを実感させられる。

聴けば理事長の奥様である主任が徹底的に歯科医師、スタッフ、患者様の動線と行動を分析し、10年間は医院の運営形態にマッチできるように、細部まで行き届くレイアウトをしたという。チェアの間にはプライバシーが保てるような工夫と、個室においても素晴らしい設計である。さらに、セミナールームや中待合などの配置が絶妙である。これまでに見たことのない歯科医院の設計である。

この医院は全ての患者さんにコンサルテーションを行うなど、繁盛している医院らしく隅々まで配慮が行き届いていることはすぐに理解できた。

しかし、今回の取材で一番調べたかったのが、接遇とコンサルテーションに力を入れればこれほどの繁盛医院になることができるのか、ということだった。

鶴田歯科のもう1つの顔、それは「治療技術の鶴田歯科」。

鶴田院長からは特に取材の制約などもなかったため、まず、副院長である宇田航希先生に医療技術面を中心に話を聞くことにした。

歯科医院の治療技術は医院によって差が出やすい。技術力を見極める手がかりの一つが感染予防体制だ。インプラント治療の普及により、一般の歯科医師が外科的な治療を行う機会も増えたが、手術である以上、本来は衛生的な環境下で行われることが不可欠。しかし、この部分には手間も費用もかかるため、医院によって差が出やすい部分なのだ。

「滅菌器は、通常より費用もかかりますがクラスBという基準をクリアしたハイグレードのものを使用しています。歯を削るハンドピースの使い回しが全国的に問題となりメディアに取り上げられましたが、当院ではちゃんとハンドピースも滅菌できる滅菌器を使用しています。いずれも専用にそろえるとなるとかなりのコストがかかるために相当の覚悟がないとここまで揃えることはできません」。その他、同じ医療用手袋を使いまわしている医院も少なくないと言われる中「グローブは患者ごとに新しいものを使用することが当たり前です。これは開業時からずっとそうですね」と、厳格な衛生管理のもと運営されている医院であることがよく理解できた。

高度な専門治療を行えるドクターチーム

ノルマや強制は一切無いが、新人の歯科医師たちはお昼休みや診療後、自主的に残って治療技術のトレーニングを行っている。実際この日も若手の歯科医師が残って形成のトレーニングを行っていた。これは、質の高い専門治療を行っている医院に共通して見られる光景だ。週末の講習会や研修コースへの参加も推奨されており、医院が指定する学会、セミナーの場合、費用は全額医院負担という手厚い教育体制が整っている。

4回目の産休をとるスタッフも在籍

話題は産休や、子育て中のスタッフの話が主体となった。「子どもが熱を出した、となると、理事長がすぐに『帰ってあげなさい』と声をかけてくれます」という声を、その後他のスタッフからも何度も聞くこととなった。産休をとりやすい環境がすでにできあがっている。その何よりの証拠は、開業時からのメンバーである理事長室秘書の杉野真由美さんだ。勤続12年のベテランスタッフ。これまで産休を4回とったという。産休中に代わりのスタッフを補充することはなく、残りのスタッフたちがフォローする。

なぜ、理事長はそこまでこだわるのか。「理事長のお母様は高校の先生だったのですが、理事長が生まれて3か月で働きにでたそうです。当時はまだ産休育休が整備されていなかったのです。幼いころいつも一人でおばあちゃんに育てられた。母親に会いたくて寂しかったけれど、その時母親が仕事を辞めずに働いていたおかげで自分は歯学部に進学できた、そうおっしゃいます。だから私が一人目を産むときもいち早く産休・育休制度を整備され、常勤でありながら5時半には帰ることができるようになったのです。子供が熱を出したり、体調が悪いときに保育園から呼び出しがかかっても、いやな顔はされたことは一度もありません。どんなに患者様が多くても、いいから、すぐに行ってあげなさい。○○君はいまはママに甘えたい時なんだから、と。スタッフのみんなも同じです。あとはなんとかするから、すぐ行ってあげてと・・・だから私、とてもうれしいのです。この医院のためにだったらなんでも頑張れます」

さらに杉野さんは続ける。以前の会計事務所の経理担当者からは「人件費が平均より高いです」と指摘され続けたという。しかし、実際には、1人ひとりのスタッフが長く働き続けることで経験が豊富になり、仕事の質・効率ともに高くなる。また、スタッフの入れ替わりが多い医院に比べると、新人スタッフの教育にさかれる時間と手間はかなり少なくてすむ。よって実質的には生産性が非常に高い組織となっているのだ。  スタッフの定年退職後のことまで考える鶴田理事長のスタッフ終身雇用への取り組みは本気だ。

従業員満足度がずば抜けて高い

スタッフに話を聞いていく中で感じたのは、全員が鶴田歯科で働くことに非常に満足しており、ずっと働き続けることを希望しているということだ。理事長への不満などは無いのか?との問いには「思ったことはすぐ言えますし、理事長もそれに応えてくれます」との答えが返ってきた。また、スタッフ間での派閥や好き嫌いも無いと誰もが言う。

この医院には、出産や子育てをしながら働き続けられる環境ができている。理事長や同僚のスタッフから大切にされるから、その期待に応えようと自発的に勉強したり工夫したりするようになる。ノルマや無機質な人事評価制度などがないため、全ての労力を患者さんの喜びのために費やすことができる。長く働けるから、様々なノウハウが組織の中に伝承・蓄積され、極めて完成度の高いサービスや医療技術の提供ができる。全ての歯車がうまく噛み合うことで、患者さん、スタッフ、経営者の誰もが幸せになれる仕組みができあがっているのだ。

スタッフに「この医院の問題点は?」と聞くと……

あえて「医院の良くない点、問題点はないか」としつこく質問すると、その反応がどのスタッフも同じだったのが印象的だ。みなしばらく考え込んだ後「強いて言うなら、患者さんの予約が取りにくくなっていることと、待ち時間が発生してしまうことでしょうか……」との答えがかえってきた。本当に愚痴や不平不満の無い組織であり、気持ちは自分自身より患者を向いているのだ。

また、こんな話を聴いた。

非常勤で週一回、大学病院から訪れる歯科医師がいる。彼は鶴田歯科医院に勤務をはじめて丸2年が経つが、談話室や、スタッフとの懇親会などで、一度も理事長や、医院にたいする不満を聴いたことがないという。ほかにも多くの歯科医院に外勤に出たことがある彼は、そのことに、とても驚いたという。

採用について

忘年会の間、ずっと話を聞き続けるうちに見えてきたのが鶴田歯科の採用に対する慎重な姿勢だ。入社4年目の院内歯科技工士の白石さんによると、「面接は、実技などの試験を含め2,3時間はありました」という。  主任(理事長の奥様)によれば「受付スタッフはじめ、全員が面接官なんです。応募の電話、待合室での様子からチェックは始まっています」。象徴的なエピソードとして、一時、衛生士が不足していた時に面接を繰り返したが、みんなが納得のいくスタッフがなかなか見つからない時期があったという。そんな時も妥協して採用するのではなく、仕事の負担は増えても自分たちがいっしょに働きたいと思えるスタッフを採用しようという意志を貫いたという。オープニングスタッフがクリニックの歴史を作っていくという考え方が浸透しているのだ。

10年後にはスタッフの新規採用がもっと厳しくなる

これほどまでにスタッフを大切にする背景には、これから押し寄せる労働者減少問題もある。「『すき家』が夜間の労働者を確保できず営業時間短縮に追い込まれたが、このようなケースが今後増える」と指摘する歯科衛生士専門学校の教務担当者のM氏。「人材が少なくなる時代が目の前にきているのに、歯科業界ではいまだに人を大切にした経営をしている医院が少ない」と業界の問題を指摘する。

昨今、歯科衛生士学校においても高校卒業後の入学者が定員割れすることも珍しくない。少子化の影響ももちろん否定できないが、歯科衛生士が現場でどのような職業であるのかを知らない人が多く、積極的に歯科衛生士になりたくて専門学校に入学する学生は少なくなったと言う。きっと鶴田歯科医院のようにスタッフを大切にする医院が増えることで、よりよい雇用環境が生まれ、若い女性が憧れるようなイメージになる。そのモデルケースと言えよう。

マニュアル通りでは、複雑な医療分野では対応できない

基本的に、従業員を動かす方法は2つ。1つはマニュアルの徹底、そして、もう1つは各スタッフが自発的に動いてくれることだ。鶴田歯科医院を訪れて、おそらく誰もが感じるのは、マニュアル感のない、それでいて心地いい接遇応対だ。入社時に一度は接遇研修を受講するが、それ以降はスタッフが教育係となって教えあう仕組みが確立されている。

マニュアルか自発的行動か、その違いが最もあらわれるのが患者へのコンサルテーションだろう。問診票やCT画像などをもとに患者の主訴以外の本当の悩みや困っていることを聞き出していく。どの患者も「ここまで話を聞いてもらったことはなかった」というほど、患者の気持ちを短時間のコンサルテーションで引き出すのは、マニュアルどおりの質問だけでは不可能だ。

自分がホテルやレストランで受けるサービスがうわべだけのものだとしたら嬉しいだろうか。鶴田歯科の心地よさは、働くことに生きがいや幸せを感じているスタッフの、心からの接遇を受けることができるからではないか。

対馬から半日かけて通院する患者さん

たまたま訪問時に治療に来ていた30代の女性患者に話を聞くことができた。鶴田歯科医院には5,6年前から通っているという。「カウンセリングがていねいで、聞きたいことも訊けますし、わかるまでていねいに説明してくれます。一度、説明がなかなか理解できない時があったのですが、いったん治療を中止して、納得できるまで説明したもらえたことが印象的です」と語る。「毎回、どんな治療をするか必ず説明があり、スタッフの雰囲気もいいですね」。

もともとむし歯が多く、いろいろな歯医者を転々としていた時、先に知人が通院していたのがきっかけで、鶴田歯科に出会った。それまで歯医者嫌いだったが、歯への意識が高くなり、検診にも通うようになった。「口の中をきれいにするのがいやではなくなりました」。

検診を受けましょう、毎日歯磨きをしましょう、など理想を繰り返す歯科医院は少なくない。しかし、鶴田歯科は通院することを好きにさせ、離島である対馬に転勤した患者さえも、半日かけても通いたいと思わせる。これこそ、デンタルIQうんぬん以前に最も大切なことなのではなかろうか。

「ギョーシャ」への扱いも違った

歯科医院は院内のスタッフだけでは成り立たない。外注する歯科技工所、歯科材料ディーラー、税理士事務所、社会保険労務士事務所、銀行などが経営を支えている。私自身がさまざまな歯科医院を訪問した経験から言えば、「ギョーシャ(業者)」の扱いは決して良くないのが一般的だ。業者の扱い方を見れば、その医院の裏側がわかると言っても過言ではないだろう。そこで、忘年会に参加していた取引先にも話を聞くことにした。

「こんなぼくでも大事にしてくれるんですよ」

現在、鶴田歯科の税務を担当している税理士事務所の担当者は「何件も歯科医院を担当していますが、私達にも気持ちよく対応してくれて、こんなに対応のいい医院は見たことがない」という。「院長は、厳しい面ももちろんあるが、感情的なのではなく、きちんとフォローもしてくれる。自分自身の勘違いがあった場合でも、ちゃんとボクにも謝ってくれました、ふつうそんなことはありません」。

また、医院スタッフと接触頻度の高い歯科材料ディーラー担当者に聞くと「通常の医院との違いは、裏側でスタッフからの愚痴が出ないこと」だという。歯科材料の価格についても、他のディーラーと価格で比較し買い叩くことは一切なく、「理不尽なことを言われたことは一度もありません。こんなぼくでも大事にしてくれるんですよ」と打ち明けてくれた。気のせいかもしれないが、この担当者の目には涙が浮かんで見えた。

「なんとかしてあげたい、という気持ちになります」

理事長とは開業する以前から取引のある歯科技工所の代表、淡川さんによれば、「昔から、患者のためと地域貢献について熱く語っている人でした。ですから、今の成功している医院経営も、思いつきなどではありません。技工士の技術だけでなく人間性も評価してくれます。何に対しても一所懸命な人なので、こちらも一所懸命にならざるをえないですし、難しい症例や、鶴田歯科医院の患者さんの為ならなんとかしてあげたい、という気持ちになります」。技工物に関する値段のことにも細かく言われたことはなく、「いい仕事をしてください。それが一番うれしいです!」と言われる。「この医院は、スタッフ誰もがていねいに接してくれますね。院長が技工士を大切にすると、スタッフも自然とそうなるのではないでしょうか」。
歯科材料ディーラーの山田さんと、開業以前から付き合いのある歯科技工士の淡川さん。

理事長の涙

忘年会の冒頭には、皆勤賞など、数多くの賞がスタッフに贈られていた。一人目の表彰状を読み上げ始めた鶴田理事長の声はすでに涙声だった。スタッフのために泣いてくれる経営者だった。

理事長と、開業当初からいっしょに働いてきた冨永さんによれば、昔はよく叱られることもあり、「正直、辞めたいと思う場面も多かった」という。

でも、その院長が徐々に変わり始めた。やがて、顔をひきつらせながらも「ありがとう」と言うようになってくれた。「今は、これからもここで働き続けたいと思ってます」と教えてくれた。

感動の涙あり、そして笑いもあふれた忘年会。鶴田歯科医院に秘密があるとすれば、いつも患者のことを考え、スタッフを大切にする鶴田理事長の熱意が波紋のように周囲に影響を与える力ではないか。とはいえ、部外の医療ライターにこころよく取材を許可してくれたように隠された部分は一切なかった。あえて言うならば、秘密がないことが秘密だといえるのかもしれない。

冒頭の表彰式は鶴田院長のおさえきれない涙で始まった。


新人の受付スタッフ野口さん。自分から「医療事務の資格をとったほうがいいでしょうか」など、自発的に仕事の質を高める努力家だ。

取材を終えて

今回執筆した最大の理由は、1人でも多くの歯科関係者や、業種を問わず経営者の方々に鶴田歯科医院の存在を知ってほしいからだ。本来、鶴田歯科医院について知ろうと思えば、理事長の講演を聞くか、医院見学に行くしかない(※現在は、医院見学は行っていない)。しかし、この記事があれば、日々の診療や研修で休みなく働いている歯科医師も、鶴田歯科医院からさまざまなヒントや活力を得ることができる。企業の経営者にとっても、従業員満足度が顧客満足度にどれほど影響を与えているかの生きた実例として学ぶことができるだろう。

そのため、今回の記事にはノウハウ的な要素より、理事長の価値観と行動が、その周囲の人々にどれほど強く影響を与え、自発的に動ける組織を作り上げることができるのかという部分に焦点を当てた。

鶴田博文といえば、すでに神のような存在ととらえる経営者も少なくないだろう。しかし、彼ほど人間味にあふれた、情熱と涙のある人間はいない。院内を探し回っても、すぐに売上に直結する飛び道具的な経営テクニックは一切無い。王道を一つひとつ実践する経営スタイルは、神業ではなく、学び真似ることが十分可能だ。

世界の動きも鶴田歯科を追いかけ始めたようだ。1年間の経済活動だけしか測れないGDPに代わり2012年から国連が採用し始めた指標では、個人の健康、教育、個人と組織の間の信頼関係、絆の強さなどが重視されている。旧来型の経済学では、生産高を増やすには従業員の人数を増やすか、資本設備(医療機器など)を増やす以外に方法は無いとされてきた。しかし、同じ従業員数、同じ医療設備でありながら、生産が増える場合がある。このプラスアルファを生み出しているのが、教育、勤続年数、職場の人間関係、勤労意欲、老後への不安の少なさ、などの要素だとされる。土地や建物、現金などより、組織の中に蓄積された形のない資産の方が重要な時代がきている。

このように、成熟した先進国では、大量消費・使い捨ての時代から、持続可能な経済運営と個人の幸福を重視した価値観に大きく舵を切り始めている。これらを10年以上前から実践している鶴田歯科医院は、近い将来日本のみならず世界からも注目される日も遠くないだろう。

今回、こころよく取材を受け入れていただいた鶴田理事長をはじめ、時間をさいてインタビューに応じていただいたスタッフおよび関係者のみなさま、そして、鶴田理事長と出会うきっかけを与えていただいたtc_seiko代表の鈴木誓子氏に、この場を借りて感謝申しあげます。

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