つるちゃんからの手紙 5月号 (平成30年5月号)
 

平成28年4月14日21時26分 熊本地震が発生。

被害が大きかった南阿蘇村で村本奈穂さんは被災した。

村本さんは歯科衛生士。崩落した阿蘇大橋からわずか3キロの地点で、死ぬかもしれないというほどの揺れ(震度7)を経験した。

家族の安否を確かめるまで、真っ暗の道を泣きながら実家へ車を走らせた。

明るくなり、目にしたのは変わり果てた故郷の風景。道も通じていない、電気もつかない、水も出ない。余震は何度も容赦なく襲う。カーラジオからは、南阿蘇村に通じる道は寸断されているという情報が流れてきた。

完全に孤立状態。「終わった・・・・、こんな小さな村になんて誰も助けになんかきてくれない」そう思ったという。「自分は生き残った」と冷静を取り戻した時、次に頭に浮かんだのは勤務先の老健施設の入所者の人たち。

もし、あの入所している高齢者が誤嚥性肺炎になって死亡したら、きっと世の中の人たちは、あの村に歯科衛生士はいなかった、と思うだろう。

「この村から誤嚥性肺炎を出したら、私のせいだ」と、村本さんはそう思った。

その後すぐに彼女はSNSを通じて全国に口腔ケア用品の支援を呼びかける。全国からたくさんの「歯ブラシ」という救援物資が南阿蘇に集まってくる。そこから彼女は避難所を回り、全力で口腔ケア活動を繰り広げる。自らも子育てがあるにもかかわらず、東奔西走を続けた。

「生かされたから役にたたなくちゃ」村本さんはテレビの取材を受けたとき、そう語った。

あの時の地震をきっかけに自分の使命と向き合い、勇気をもって村の高齢者を医療人として救ってきた。

覚悟をもった行動は称賛に値すると私は思っている。

村本さんに、あの日から今日までのことを自由に話してくれませんかと、自分の医院のスタッフを対象にプライベートセミナーをお願いした。

村本さんは、気持ちよく私のセミナーの依頼に応じてくれた。話は、地震のことを振り返るだけではなく、歯科医療従事者である私たち向けに多くの大切な知識と経験を見事に盛り込んでくれた。

中央社会保険医療審議会総会に寄せられたデータにおいて、歯科衛生士が入院患者の口腔ケアに携わることで、入院日数が112.9日だったものが、57.5日と約半減したというデータや、嚥下や誤嚥のメカニズムをわかりやすく動画などで村本さんは解説してくれる。口の中をキレイにするだけで、人の人生はこんなに変わるのか、驚いた。

「口は命の入口、心の出口」と言った人がいたが、まさにその言葉通りで、口腔という器官は命ある限り、極めて重要なものだということを認識させられる。村本さんの話が終わり、スタッフの一人が感想を話しだした。

入院患者の口腔ケアに携わっている体験を話しながらそのスタッフは急に涙をこらえきれなくなった。

その患者様は、余命が短いにも関わらず、家族や本人の希望で口腔ケアを続け、それまでまったく口から食べることができなかったのだが、お亡くなりになる数日前には大好きだったクリームパンをわずかだが口にすることができたという。

口腔ケアを行っている意味と、自分たちの仕事がどんなに重要であるかを、改めて認識したというのだ。「口腔が命に関わる」ということ。これを世の人たちが理解できると、高齢になって苦しむ人は減り、健康な人が増え、医療費は大幅に削減される。口の中の専門家はいまのところ歯科医師と歯科衛生士しかいない。自分たちが世の中を支えるという使命感と、意識をもった行動が、日本の超高齢化社会の中で生まれてくるさまざまな問題の解決の糸口になることを私は確信している。

理事長 鶴田博文